令和4年は小宮神社の境内のみで獅子舞を奉納予定
平成7年に秋川市と五日市町が合併して誕生したあきる野市。
「アキル」の名は阿伎留神社や秋留台地など古くから地域で親しまれていました。合併に際し、この歴史ある名を親しみやすいひらがなにして新しい市の名称が誕生しました。
遡るのは縄文時代。あきる野では、この時代の遺跡が多く発掘されていて、二宮神社に隣接する二宮考古館には出土した土器が数多く展示されています。市名誕生にも関わった阿伎留神社は平安時代の古代法典「延喜式」にも登場する神社です。
豊かな木材資源から炭の生産が盛んになり、五日市にはその名が示すように市が立ち、そこで取引されるようになりました。また、泥染めという独特な手法で作られる絹織物「黒八丈」はその艶の深さが珍重されました。
さらに横沢に建つ大悲願寺には伊達政宗にまつわる話が伝わっています。
寺に立ち寄った際、境内に咲く白萩の美しさに魅せられて「譲ってほしい」と仙台から手紙を書いたとのこと。これが「白萩文書」として寺に保存されています。
その時代時代で人々の活躍が感じられるのが、あきる野市の魅力のひとつです。
毎年秋分の日に行われる小宮神社の例祭日、獅子舞が奉納されます。300年余の伝統があると伝わっています。
確認できるのは、獅子頭の格納箱や太鼓の胴に元文3年(1738)、文政8年(1825)、天保6年(1835)と、それぞれに修理を行った記録があるところでしょう。
当日、宮司宅を出発した行列は小宮神社に到着して舞いを奉納し、その後地域の数か所をまわります。行列は鮮やかな万灯を先頭に宮司、棒使い、獅子、花笠と続き、笛や太鼓の音が近づくと沿道で迎える人々の姿も見られます。
獅子舞と共に披露されるのが棒使いです。長い棒を勢いよく打ち合い空を切る技が見事。この地域には天然理心流の道場がいくつかあって武術を学ぶ者も多かったと聞きます。小宮神社の棒使いにはこの流派の原型が残るとも言われています。
そして何より、この獅子の特徴はたてがみです。たてがみにはよく鳥の羽が使われますが、ここでは習字の練習をした半紙が用いられています。獅子頭が見えないほどのボリュームで、獅子の動きに合わせて大きく揺れます。
おおむね小学生から高校生までの男子が3人一組になって舞う獅子舞。ささらを摺る花笠は少女が担うなど、若い力にも支えられる郷土芸能です。
令和4年は小宮神社の境内のみで獅子舞を奉納するとのことです。
写真提供:茂垣貴子
●DATA
[データ]
開催時期/秋分の日
令和4年は小宮神社の境内のみで獅子舞を奉納予定です。
住所/東京都あきる野市草花北小宮2981
ホームページ/
https://www.city.akiruno.tokyo.jp/0000001489.html
アクセス/JR青梅線福生駅よりバス平井経由五日市駅行き「門前」下車、徒歩約4分、五日市線秋川駅よりバス瀬戸岡経由福生駅行き「門前」下車、徒歩約4分