日野市にある高幡不動尊では毎年1月31日に、節分で撒く豆を煎る豆煎り式が行われます。普段は線香を供える香炉に直径1メートル程の鉄鍋を置いて、約30キロの豆を煎ります。僧侶の読経に続いて参拝客が大きなしゃもじを使ってざらざらと豆をかき混ぜます。豆煎り式を終えると豆撒式の準備も整い、2月3日を待つばかりです。
季節を分ける節分。一年に4回訪れますが、立春前日の節分は最も私たちに根付いているものでしょう。各地の神社仏閣が春を待つ人々で賑わいます。 高尾山薬王院では身上安全、事業繁栄、諸縁吉祥、除災開運を祈願して節分会追儺式が行われ、午前午後を通して6回豆まきがあります。
注連縄や正月飾り、昨年いただいたお札などをお焚き上げするどんど焼き。日本各地で小正月の前後に行なわれますが、その呼び名も左義長や道祖神祭、さいの神などいろいろです。 国立市の谷保天満宮でも毎年成人の日にどんど焼きが行われます。境内にできたやぐらには近隣の人々がお札やだるまを乗せていきます。
11月の酉の日、東京の「おおとり」神社の縁日に市が立ちます。酉の市、おとりさまとも呼ばれます。「おおとり」は大鳥、鷲、大鷲などの漢字が充てられています。縁起物の熊手を売る露店が出て、威勢の良い掛け声や手締めの拍子木の音が響き、年の瀬の風物詩として知られています。江戸時代には新年への最初の祭りとされていました。
10月8日、野崎八幡社。 夜9時が近づくと、それまで閑散としていた境内に人が集まり始めます。境内にある薬師殿のお祭りで行なわれる団子まきがお目当で、盛大に撒かれる団子を拾おうと待ち構える人々でいっぱいです。
毎年秋分の日に行われる小宮神社の例祭日、獅子舞が奉納されます。300年余の伝統があると伝わっています。 確認できるのは、獅子頭の格納箱や太鼓の胴に元文3年(1738)、文政8年(1825)、天保6年(1835)と、それぞれに修理を行った記録があるところでしょう。