こんにちは、イマタマグルメライターの中村あきこです。北欧の国、スウェーデンの伝統的な料理といえば、どのようなものを思い浮かべるでしょうか?
例えば、酢漬けニシンの「インラッドシル(Inlagd sill)」や、甘酸っぱいベリージャムとクリームソースを添えていただくミートボール「シェットブッラル(Köttbullar)」などが代表的です。
スウェーデン発のインテリアブランド「IKEA」のレストランでも『スウェーデンの味』として提供され、ご存じの方も多いのではないしょうか?
スウェーデンは歴史背景や言語から、ノルウェーとデンマークと共に北欧の中でも「スカンジナビア」に属します。伝統的なメニューは、長い冬の厳しい寒さの中で、食材を保存する知恵から生まれたものが多く、それらは主に庶民的な家庭料理です。
昔は新鮮な野菜や魚、肉を使える時期が限られていたことから、厳しい冬に備えて夏のうちに魚や肉を塩漬け・燻製・酢漬けにして保存し、野菜は根菜類が中心で、保存が効くジャガイモ、キャベツなどを使った家庭で作る保存食が冬の食卓を支えていました。
またスナップス(Snaps)というお酒を食中にいただくのが主流で、これは穀類やジャガイモなどを原料とした蒸留酒で、フェンネルやクミンなどのハーブで風味付けした「アクアビット」がその代表です。現代では、こういった伝統的な食文化が衰退する傾向にあり、ファストフードや海外の料理の普及で、地域性が失われつつありますが、一方では地域に根付いた「スローフード」を守る意識も高まっています。
2004年、コペンハーゲンのレストラン「Noma」のシェフらが提唱した「ニューノルディックフード・マニフェスト」により、北欧料理は世界的な注目を集めました。これは地元の旬の食材を活かし、伝統と革新を融合させた、持続可能で健康的な食文化を目指す取り組みです。
今回は、そんな北欧の食文化を知るうえで、まず触れておきたい伝統的なメニューが吉祥寺で味わえると聞きつけ、取材に伺いました。お話をうかがったのは、北欧の食文化に詳しいオーナーシェフが営むレストラン「ALLT GOTT(アルトゴット)」さんです。現地の味とぬくもりを大切にした伝統メニューの魅力を、たっぷりとご紹介します。
自然の恵みを生かした伝統料理と
お酒で北欧スタイルを満喫
JR・京王井の頭線「吉祥寺駅」北口から賑やかな商業エリアや商店街を抜けた「大正通り」沿いに北欧のカジュアルな雑貨店やカフェ、家具店が集まった一角があり、このこのエリアは別名「北欧通り」と呼ばれます。その一角に「ALLT GOTT(アルトゴット)」はあります。帆船の描かれた看板と、スウェーデンの国旗が目印です。
ガラスの扉を開けて2階に上がると、レンガや木を基調とした落ち着いた温かみのある雰囲気の店内。オープンキッチンからは、調理の音や香り、オーダーが入る声が心地よく交差し、これから始まる食事に期待が膨らみます。
大正通りを上から見渡せる、明るい窓側の席に案内していただき、メニューを開きます。
店内を見回すと、ゆったりと過ごせるテーブル席が並び、程よい高さの仕切りの向こうはキッチンが見え、ライブ感がありながらも落ちついてゆったりと過ごせそうです。
ランチタイムは、前菜(ニシンの酢漬けまたはサーモンマリネをチョイス)・サラダ・メインディッシュ・コーヒーまたはティーのAコース(2420円税込)と、Aコースの前菜とデザートが盛り合わせになり、さらにスープも付くBコース(3300円税込)があり、リーズナブルに北欧料理を愉しむことができます。
さらに、こちらのお店の世界観を存分に楽しめる、シェフおすすめの「北欧満喫コース」(4620円税込・要予約)があり、今回はこちらをオーダーしてみることにしました。
こちらのお店は、20代からスウェーデン料理一筋で研鑽を積まれたオーナーシェフの矢口 岳(やぐち たかし)さんとホールサーヴィスを担当するシェフの奥様、矢口 理佳(やぐち りか)さんが営む店。スタッフと共に温かなサービスで迎えてくれます。
ご夫妻はときどき北欧を訪れ、現地の食文化や暮らしにふれる旅をするのだそうで、旅のエピソードや歴史や文化にまつわる話を交えながら、丁寧に料理を紹介してくださるのも魅力です。この日は最初に、冷凍庫でキンキンに冷やされた北欧を代表するお酒「アクアビット」をおすすめいただいたので、この後に続くお料理に合わせてみます。
「アクアビット(Akvavit)」とは、ラテン語で「命の水」を意味する「 Aqua vitae」 に由来する、北欧を代表する蒸留酒で、スカンジナビア諸国では、穀物やジャガイモを原料にし、クミンやディルなどのハーブで香りづけしたこのお酒が食事とともに親しまれてきました。
「オー・ド・ヴィ(Eau de vie)」と呼ばれるフランスのフルーツブランデー同様、ヨーロッパの蒸留文化の中で生まれた「生命の酒」は、アルコール度数が高いので、脂っこい料理をさっぱりさせたり、食後の胃を落ち着かせるために飲まれます。かつては薬用酒としても用いられた背景があり、今もなお、北欧の食事の席に欠かせない存在です。
さてそんな「アクアヴィット」に合わせる最高の一品が、前菜の盛り合わせの中でいただいた、ノルウェー産ニシンの「インラッドシル(Inlagd sill)」です。甘酸っぱい粒マスタードソースがかけられ、玉ねぎの甘酢漬けと、茹でたじゃがいもが添えられています。この甘酸っぱさと酢漬けのニシンが、キリッと冷えたアクアビットと本当によく合います。
ニシンやイワシというのは、一緒に飲むお酒によっては生臭みが出やすく、組み合せが難しいのですが、この相性は最高で魚の甘みや旨みを引き出します。さらに、スウェーデン料理に欠かせないハーブ。「ディル」が添えられていて、口に含むとふわりと爽やかで、いいアクセントになります。じゃがいもと玉ねぎのピクルスを添えるのは、スウェーデンの定番スタイルなのだそうです。
次はちょっと意外なお料理です。フランス・ブルゴーニュ地方の塩味のプチシュー「グージエール(Gougère)」を思わすような一品です。
「北の人は、南の料理にちょっと憧れがあるんですよ。時々こういったものも登場します。」と説明をいただき、なるほどと納得。中はアボカドのペースト。トッピングにはスカンジナビアでよく食される魚卵、ノルウェー産タラコのペーストが添えられ北欧風にアレンジされています。
そして最後にノルウェー産の熟成サーモンのマリネ 「グラヴァラックス(Gravad lax)」をいただきました。塩と砂糖でマリネし、じっくり熟成させるそうで、とろける食感に思わず顔がほころびます。レモンの酸味、はちみつとマスタードの甘いソースが絶妙にマッチし、サーモンの旨みを引き立てます。また夏前のこの時期はディルの黄色い花も添えられ、ピリッとした辛みがこの季節ならではのいいアクセントになります。
また北欧はビール大国としても有名なのだそうで、こちら「アルトゴット」でも北欧諸国の珍しいビールがリストアップされています。この後は、すっきりとした爽やかさが特徴の、ノルウェーのクラフトビール「ヌグネエウIPA」(1,200円 税込)。
スカンジナビアの海を楽しむ魚介類の前菜を食べ終えたら、次は、スープの「蝦夷鹿肉のコンソメ」が運ばれてきました。
湯気が立ち込める、透き通った濃い黄金色のスープは牛肉のコンソメとはまた違う、深みのある香りで驚きます。鹿肉は、北欧ではとてもポピュラーな食材で、トナカイやヘラジカなどのジビエ(野生肉)と同様に食されます。
一口いただくと、とても地味深く優しい味わいで、ピリッと胡椒が効いていいアクセント。一口飲むとまた一口飲みたくなり、気づくとあっという間に飲み干していました。野生の臭みなど一切ない繊細な旨みが溢れます。
材料には、鹿のすじ肉やゲンコツ(ゼラチン質が豊富な脚の関節部分の骨)を使用し、人参、玉ねぎ、セロリなどの香味野菜と風味づけのローリエやスパイスなどを加え、塩のみでシンプルに調味するそうです。手間暇かかる「蝦夷鹿のコンソメ」ですが、これは「ジビエに抵抗がある方にも、鹿の雑味のない本来の美味しさを知ってもらいたい」というシェフの思いからだそう。
デンマークの陶磁器ブランド「ロイヤルコペンハーゲン」のオシャレな器に盛り付けられた生キャベツをアンチョビや酢で揉み込んだサラダをいただき、いよいよメインディッシュが登場。鹿肉を使った二種類のお料理がいただける贅沢な一皿です。
どちらからいただこうかと悩んでしまいますが、まずは「蝦夷鹿のロース肉のロースト 赤ワインソース」から。肉の表面はしっかり香ばしく焼かれていますが、中はミディアムレアでとっても柔らか。繊細な赤身のロース肉は臭みもなく、噛むたびにお肉のコクと旨みが感じられ、「リンゴン」というベリーのジャムで甘味を加えた濃厚な赤ワインソースとの相性がよく、満足感ある一品です。
そしてもう一方の主役は、スウェーデンミートボール「ショットブッラル(Köttbullar)」。
日本ではミートボールといえば、お弁当のおかずのイメージですが、スウェーデンでは国民食。小さく丸めた肉団子にクリーミーなグレービーソースをかけ、マッシュポテトと甘酸っぱい「リンゴンベリージャム」を添えていただきます。
「お肉にジャム?」と驚くかもしれませんが、このベリーの酸味が肉とソースのコクを引き立て、絶妙なバランスに。リンゴンベリー(和名はツルコケモモ)とは、北欧の特産で、冬に備えた保存食として昔から親しまれてきました。さらに、ユニークな名前の付け合わせ「ヤンソンさんの誘惑」も登場。ジャガイモと玉ねぎ、アンチョビを重ねてクリームで焼いた、スウェーデンらしい一品です。現地さながらの味わいが堪能できます。
オーナーシェフの矢口 岳(やぐち たかし)さんは、三鷹市の出身で、ここ吉祥寺が地元だそう。二十歳の頃にアルバイト先に選んだのが、吉祥寺にあったスウェーデン料理店だったことから、北欧料理の魅力に惹かれ、その道一筋で研鑽を積んでこられました。
かつて吉祥寺で長年親しまれていた北欧料理店「ガムラスタン」(現在は長野県茅野市に移転)での経験をもとに独立し、2002年に「ALLT GOTT(アルトゴット)」を開業。シェフがこれまで培ってきたレシピと技術を生かしながら、伝統の味を忠実に再現しつつ、日本人の口に合うよう素材の持ち味を丁寧に引き出しています。
その料理の背景やシェフのこだわりを、客様に丁寧に伝えてくれる温かなサーヴィスもこの店の大きな魅力のひとつです。その親しみやすく心地よい雰囲気に惹かれ、何度も足を運ぶファンも多いようです。
デザートと共に、スウェーデン ストックホルムを代表する紅茶「セーデルブレンドティー」をいただき、ゆったりとした時間を過ごすひと時。これまであまり馴染みのなかった国が一気に「親しみある国」になれる「料理」がここにはありました。
北欧を旅する気分で愉しめるレストラン、吉祥寺「ALLT GOTT(アルトゴット)」さんにぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
★
グルメライター 中村あきこ
グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。
施設名 | ALLT GOTT(アルトゴット) |
---|---|
住所 | 武蔵野市吉祥寺本町2‑28‑1 シバタビル2F |
TEL | 0422‑21‑2338 |
営業時間 | ランチ 11:30 – 14:45(L.O. 14:00) ディナー 17:30 – 21:30(L.O. 20:30) |
定休日 | 月曜日・木曜日 ※祝日の場合は営業し、代わりに平日別日にお休みをいただくことがあります |
公式サイト | https://alltgott2002.com/ |
備考 | ※予約・お問い合わせは午前10時~21時30分に受付 |
※最新の情報は公式サイトをご確認ください。