こんにちは、イマタマグルメライターの中村あきこです。美味しい料理には、美味しいお酒が欠かせません。「お酒」は「食」を引き立てるだけでなく、人や地域をつなぐ力も持っています。多摩エリアのお酒造りの現場を紹介するシリーズ第5回は、東村山市に蔵を構える「豊島屋酒造」を紹介します。
豊島屋酒造は、神田猿楽町の「豊島屋本店」の醸造所として昭和初期に分社化された酒蔵です。そのはじまりは、創業者の豊島屋十右衛門が、慶長元年(1596年)に江戸・神田鎌倉河岸に、酒屋兼居酒屋「豊島屋」(昭和より豊島屋本店)として創業したことにはじまります。
この居酒屋は、お酒を安く販売し、つまみとして味噌を豆腐に塗った後に焼いた「豆腐田楽」を安く提供。大繁盛し、かつては江戸幕府の御用達にもなりました。この店は、東京において最古の「酒舗」ともいわれています。
当初、兵庫県の灘地方に蔵を構えていましが、昭和初期に第12代当主が自ら醸造業を手掛けることになり、分社化、現在の東村山市へと移設されました。代表銘柄「金婚」は全国新酒鑑評会での受賞歴を重ね、明治神宮や神田神社へ唯一の御神酒として納められてきた酒としても知られています。
今回は、4代目蔵元の田中孝治(たなかたかはる)社長に赤裸々に語っていただき、ご本人にも承諾がとれたので、その苦悩とその果てに日本人の日本酒離れが叫ばれるなか、若いファン層を獲得している、豊島屋酒造さんの取り組みを紹介します。
繰り返しになりますが、豊島屋酒造は、代表銘柄「金婚」に象徴されるように、安定した品質と信頼を積み重ねてきた酒蔵です。
伝統があればあるほど、新しいことを新たに生み出すことは、簡単ではありません。そんな中、若し日の田中社長は、「家業を継ぐことに前向きだったわけではなかった」といい、その一方で「伝統があるからこそ、同じことを続けるだけではいけない」という意識を強く持ってたといいます。

伝統ある酒蔵が新しいお酒を造りに挑戦する重み
転機は、蔵に入ってから数年が経ち、「醸造」と「営業」の両方に本格的に関わり始めたの頃に訪れました。たまたま訪れた飲食店で、他県の日本酒を口にして「こんな旨い日本酒があるのか」とショックを受けました。それまで自分たちの蔵で造ってきた日本酒とはアプローチの違うお酒に「うまい」と感じたのです。
当時の蔵には、長年豊島屋酒造を支えてきた杜氏がいました。その杜氏に「造りを変えたい」「新しいアプローチをしよう」と何度伝えても、返ってくるのはいつも「(造りは変えなくて)大丈夫」という言葉でした。それでもあきらめきれない田中社長は、研究をはじめます。
酒類総合研究所の研修に参加し、蔵の外で日本酒の醸造から販売までの知識を学びました。その中で出会ったのが、東京での会社員生活からUターンし家業を継ぎ、「日高見(ひだかみ)」ブランドを復活させた石巻の平孝酒造社長の平井孝浩さんでした。平井社長から「本気で造りに関わる覚悟を見せないと、人は動かない」。さらには「その酒を販売してくれる得意先を見つければ、杜氏も納得するはずだ」とアドバイスを受け、ある酒販店を紹介してくれたのだそうです。

それが多摩市の聖蹟桜ヶ丘にある酒販店「小山商店」でした。創業1914年(大正3年)で、店主自ら全国の蔵を訪ね、造り手の姿勢と酒の味に納得したものだけを扱う地酒ファンの間では有名な販売店。取り扱う酒のおよそ8割を蔵元からの直接仕入れ、無名の蔵元の酒も積極的に紹介し、日本酒の魅力を広げてきた販売店としても知られています。
研修を終えた田中社長は、その足で「小山商店」を訪ねます。開店前から店の外で待ち、田中社長は小山社長を見つけると、まだ酒は完成していなかったものの「これから造りたい酒」への熱い想いだけを胸に率直にその考えを語ったといいます。小山社長からが「色んな売り込みがあるが、サンプルも持たずに来るのは君が初めてだ」と笑われそうです。しかし、その思いは伝わり、「その話、乗ろう」と言ってもらえました。
その言葉は、豊島屋酒造の杜氏にも伝わりました。販売店の支援の獲得し、その覚悟と目論見を示すことで、ようやく杜氏も納得してくれました。こうして新しいアプローチの日本酒を造ることが可能となりましたが、最初の仕込みでできたサンプルに対し、小山商店の社長は首を縦に振りませんでした。しかし率直な意見と具体的なアドバイスを受け取り、さらに試行錯誤を重ねたそう。
400年の「伝統」と新たなものを生み出す「進化」。こうして豊島屋酒造にとって新たな挑戦となる新ブランド「屋守(おくのかみ)」が誕生しました。田中社長は「25年前のことです。若い
と情熱がいっぱいなんですよね」と笑います。

こうして生まれた「屋守」は、一般には流通していません。あえて一部の特約店のみで販売されています。豊島屋酒造は、昔から「蔵」や「酒造り」への思いを理解し、その背景をきちんと理解し、飲み手へ丁寧に伝えてくれる酒販店や飲食店を大切にしてきました。その流れを大切にするとともに、日本酒離れが進む中で、特約店に、「いいお酒」「薦めやすいお酒」を提供し、豊島屋酒造の酒を扱ってくれる店の商いを支えたいという思いがありました。
「屋守(おくのかみ)」という名には、「屋を守る」「蔵を守る」という願いも込められています。それは酒蔵のことだけではありません。販売店があってこそ存続できるという意味も込められています。
「屋守」は長年親しまれてきた「金婚」の延長線上にある酒ではありません。老舗の歴史を土台にしながらも、新しい飲み手と出会うために用意された「もうひとつの日本酒」への入口の創造でした。それは伝統を守り続けてきた蔵だからこそ選ぶことができた、挑戦のかたちでした。

そんな田中社長の今の課題は「麹づくり」です。「発酵」という「生き物」を扱う酒造りにとって「麹づくり」は特に気が抜けない。「もちろん全部の工程が重要ですが、麹は機械ではできない部分が多く、温度や湿度、状態の変化を人間の感覚で判断する必要があり、2時間おきくらいに確認をする必要がある」と話します。蔵の近くに自宅を構える田中社長と杜氏は夜中でも麹室に入ってその様子を確認するそうです。
近年は麹の働きや酵素の研究も進み、理論的な裏付けは増えていますが、論文通りにいかないのが酒造り。「理想の味でビタッと決めたい」(田中社長)と追及するのが日本酒を造る人の心情です。最新の技術を取り入れながらも、最後はやはり作り手の思いなのだと感じました。

豊島屋酒造では、「中硬水」である東村山の水をそのまま使うのではなく、水処理を施して「軟水」に調整して使っているそうです。ゆっくりと時間をかけて発酵させることで、やわらかく、香りの良い酒質を実現しています。この水は「金婚」「屋守」などすべての酒に使われています。
「金婚」と「屋守」は、同じ蔵で造られながら酒質も工程も異なります。「金婚」は安定供給を重視し、大きなタンクで熟成させます。一方、「屋守」は少量仕込みだからこそ、搾った後すぐに瓶詰め・冷蔵貯蔵を行い、常に良い状態で届けられるお酒となっています。

新たな日本酒ファンを増やす取り組み
豊島屋酒造には、蔵に併設された直営の売店『KAMOSHI no BA(かもしのば)』があります。ここでは代表銘柄「金婚」をはじめ、みりんや酒粕を使った商品など、日常に寄り添う酒蔵の味を直接手に取ることができます。ちなみに「屋守」はここでは販売されていませんのでご注意ください。
また近年では、酒蔵をより身近に感じてもらうための取り組みも積極的に行われています。週末に開催される「サタデー酒造見学」では、普段は見ることのできない蔵の内部を巡りながら、酒造りの工程や考え方に直接触れることができます。
それにもう一つ、他の蔵ではあまり見ない取り組みに注目です。豊島屋酒造で20年間から始まった「蔵開きイベント」では、日本酒とクラブミュージックやフード、落語などの伝統文化と掛け合わせ、若い世代や日本酒初心者が、構えずに酒蔵を訪れるきっかけづくりにもつながるスタイルで行われています都心からも20代、30代の若者や外国人も訪れ、多世代の人気イベントになっています。
テーマは「もっと身近に酒蔵を・もっと身近に日本酒を」。都市部に近い酒蔵だからこそできる強みを活かし、日本酒の未来を見据えた取り組みで、新しい日本酒のファン層を確実に捉えています。「金婚」が守り続けてきた伝統と「屋守」が切り拓いた新しい道。歴史ある酒蔵でありながら、今の時代に合わせて進化を続ける豊島屋酒造は、都市部にある酒造の新しいかたちのひとつかもしれません。

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グルメライター 中村あきこ
グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。
| 施設名 | 豊島屋酒造株式会社 |
|---|---|
| 住所 | 東京都東村山市久米川町3−14−10 |
| TEL | 042-391-0601 |
| 公式サイト | http://toshimayasyuzou.co.jp/ |
| 備考 | 営業時間蔵元直売所「KAMOSHI no BA」 平日 10:00〜17:00 ※週末の営業日・営業時間については、公式ホームページをご覧ください |
※最新の情報は公式サイトをご確認ください。