こんにちはグルメライターの中村あきこです。
「おもてなし」とはサービスの中でも、最上級の格付けだそうで、相手に対して裏表のない心で接することなのだそうです。日本では茶の湯の精神がまさにその原点と言われ、お客様にただお茶を振る舞うのではなく、その茶席全体の「よそおい」「しつらえ」「ふるまい」を大切にするのです。
例えば、茶事や茶会では客人(ゲスト)が席入り(茶室に入ること)すると、まず最初に拝見するのが床の間です。そこは亭主(ホスト)のおもてなしの心でしつらわれていて、季節の掛け物(掛け軸)や、庭や野山で今朝咲いたばかりの花が生けられています。また茶碗や茶道具、菓子やその器に至るまで、そのひとつひとつにおもてなしを感じることができます。
今海外では「Wabi-Sabi」という言葉が注目されていて、生活スタイルやインテリアに取り入れることがトレンドとなっているそうで、それに伴い茶道に興味を持つ外国人も増えています。
「侘び寂び」とは侘しく質素、寂しさという、負のイメージを持つ言葉ですが、その不完全なものにこそ趣を感じるという日本独特の文化です。「侘び」は慎ましく質素なものでも心を込めてもてなす、茶の湯の美意識の一つでもありますし、「寂び」は長い年月の中で姿形が変わっていく様子が美しいと捉えます。
世界中でサスティナブルな取り組みが進む中、古いものを大切にし、それを活かす工夫やそこにあるものでできる限りの「おもてなし」をするという考え方に魅力を感じるのではないでしょうか。
さて今回は、東京都あきる野市小中野にある、緑豊かな秋川渓谷を望む隠れ家「黒茶屋」さんへ。侘び寂びの趣きを感じる古民家建築と、あきる野の旬の山の幸や創業からの名物料理を取り入れた、山里会席料理を地元のお酒と共に味わいます。
清らかな川のせせらぎと新緑、個室でいただく山里料理
JR武蔵野線武蔵五日市駅から路線バスに乗り7分「西小中」で下車し徒歩1分ほどの場所。
檜原街道(都道33号)沿いに「黒茶屋」と書かれた大きな看板があり、そのすぐそばに敷地へと続く門があります。この門から坂道を下り、左側に進むと大きな水車と茅葺き屋根の門があるので、まずはそこから中に入ります。
創業57年の「黒茶屋」は、一番古いもので約300年前の木造建築を移築して造られたのだそうで、広い敷地の中には、母屋以外にも何軒かの古民家が建っていて、中にはお土産処や甘味処もあります。
お食事処のある母屋は、元は檜原村にあった庄屋屋敷だったそう。この場所に移築されてからは、製紙業を営んでいた時期もあり、建物の中では当時の建具や道具などが今も使用されています。また増改築で使用された木材は、このあたりの再開発で解体された古民家の廃材を使用しているそうです。
まるで時代を遡ったかのようなノスタルジックな雰囲気の中、この日は雨が上がった後だったこともあり、しっとりと濡れた木々の緑と、建物から漏れる橙色のコントラストがとても幻想的でした。
案内されたお部屋は母屋2階にある個室「桜の間」春には大きな窓の外に桜が眺められるそうです。今の時期は清々しい新緑が美しく、秋の紅葉の時期はもちろんのこと、冷え枯れた冬の景色も美しいそうで、四季折々の良さが堪能できます。
またこの日の床の間には皐月の花「菖蒲」が生けられていて、初夏を感じました。館内の至る場所にオーナーが野山で摘んだ花を生けられるそうで、心温まるおもてなしにほっこりとした気持ちになりました。
囲炉裏のある個室でいただく「黒茶屋」のお料理はコースとなっていて、昼夜ともに同じ内容で提供されます。それぞれメインディッシュの肉料理の内容が違い、全4種類、7,700円税込〜。内容は毎月変わるそうで、先付から甘味まで約10種の旬の食材を用いた、季節のお料理が提供されます。
まずは「黒茶屋」の人気メニュー。先付「勾玉(まがたま)豆富 旨出汁ゼリー」からいただきます。せっかくなので、地元のお酒、野崎酒造の『喜正』の「利酒セット」(3種各50ml 1,400円税込)をお料理に合わせてみました。この辺りの飲み水と同じ城山の伏流水で仕込む地酒ということなので、お料理との相性も期待できそうです。
初夏の味覚を籠に詰めた前菜や、涼しげな竹の器に盛られた向付の刺身など、山と川の恵みに舌鼓。地酒「喜正」との相性も良くどれを食べても優しい味わいと旨みが口いっぱいに広がります。続けて提供された、鶏卵仕立ての椀物は、山菜の揚げ真薯や蕨など具沢山で、ほっこりと温まる田舎のおもてなし。
このコースのメインとなる焼き物は、「炭火焼き」と「朴葉焼きまたは陶板焼き」と2種類の調理法から選べます。この日は炭火焼きを選択。バーベキューのように目の前の囲炉裏で自分で焼くことができます。肉や魚、地元で採れた野菜を囲炉裏に焼(く)べている間に、揚げ物が運ばれ、焼けるのを眺めながらいただきました。
コースの締めである止肴には山菜の酢の物、食事には山菜の混ぜご飯を頂きました。
コースは品数、内容ともにボリュームがありお腹も一杯になりました。
「お腹一杯召し上がれ」創業者の母の心尽くしのおもてなし
食事が終わると「お腹一杯になりましたか?」と、笑顔で声をかけてくださったのは、こちら「黒茶屋」の総支配人の乙訓康人(おとくに やすひと)さん。
今年で57年目になる「黒茶屋」は、創業者の髙水謙二社長が総括&プロデュース。同市内にある旧家の土蔵を改築した、食事処とギャラリーのある「燈々庵(とうとうあん)」も経営。2024年3月には秋川渓谷の絶景として名高い「岩瀬峡」を望む場所に、1日1組限定の高級ラグジュアリーヴィラ「風姿(FUSHI)」もオープンされました。
今でこそ多くの従業員とともにお客様をお迎えしていますが、創業当初の「黒茶屋」は髙水社長がご家族と3人で切り盛りをされていたそうです。「先ほどお召し上がりいただいた大葉で巻いたじゃが芋の天ぷらは、当時料理を担当していた社長のお母様が考案したものなんですよ」と乙訓さん。
山奥にある里の料理屋での心尽くしのおもてなしは、山で採れた山菜やキノコ、川魚など、ここにある旬の新鮮なものを「お腹一杯召し上がっていただく」ことだったのだそう。現在は、数々修業された職人たちがその厨房に立つそうですが、今でもそのイズムがこの店には受け継がれています。
生まれも育ちもこの土地であるという支配人の乙訓さんは、都心のホテルのサーヴィスマンだったそうですが、7年前に社長から声がかかり、子供の頃から知っていた「黒茶屋」でお客様をお迎えすることになったのだそうです。また同じように地元出身のスタッフが多く、長く勤められている方も多いそうです「黒茶屋」で働くことに誇りを持っていると感じる、地元愛溢れる皆さんの温かい笑顔がとても印象的でした。
「このあとはぜひ敷地を探索してみてください。コースのお食事が目的でなくても気軽に訪れてもらえる、山奥のテーマパークのような場所を目指しているんですよ」と乙訓さん。休憩用のベンチが至る所に設置されていて、森林浴をしながら思い思いの時間を過ごすことができます。
敷地の中には秋川を望む野外テラスのカフェ「水の音」があり、カラフルなクリームソーダやスイーツが楽しめます。正門のそばの道路沿いにある「糸屋」では、黒茶屋特製のお弁当を購入することができます。
都会の喧騒の中では決して味わうことのできない、山里の滋味溢れる味わいと心づくしのおもてなしが体験できる「黒茶屋」で非日常的な時間を過ごしてみてはいかがですか。
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グルメライター 中村あきこ
グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。
施設名 | 黒茶屋 |
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住所 | あきる野市小中野167 |
TEL | 042-596-0129 |
公式サイト | https://kurochaya.com/ |
備考 | SNS:https://www.instagram.com/kurochaya/ 「燈々庵」:https://tou-touan.com/ ラグジュアリーヴィラ「風姿」:https://fushi.co.jp/ |
※最新の情報は公式サイトをご確認ください。