ものづくりの技と感性が息づく「東京八王子蒸溜所」のクラフトジン | イマタマ

ものづくりの技と感性が息づく「東京八王子蒸溜所」のクラフトジン

2025/11/12

こんにちは、イマタマグルメ ライターの中村あきこです。美味しい料理には、美味しいお酒が欠かせません。「お酒」は「食」を愉しむうえで欠かせない大切なパートナーのひとつ。今回も、多摩エリアのお酒造りの現場を紹介します。

第3回は「クラフトジン」です。ジンは17世紀のオランダで生まれた蒸溜酒で、とうもろこしやライ麦などの穀物を原料としたグレーンスピリッツに、ジュニパーベリーやコリアンダーシードなどのボタニカル(草根木皮)を加えて造られます。中でも伝統的な製法で作られるスタンダードな「ロンドンドライジン」は、バーなどで提供されるカクテルのベースとして世界中で愛されています。地域性のあるものや個性的なクラフトジンが多い中、あえて王道スタイルを目指した蒸溜所が、ここ八王子にあります。

八王子市で創業75年を迎える「大信工業株式会社」の一角に建てられたガラス張りの蒸留所

工業系の教育機関が集まり、「テクノロジー教育の町」として知られる八王子市椚田町(くぬぎだまち)。この地で創業75年を迎える「大信工業株式会社」は、住宅の窓枠やガラスを固定するための樹脂材(グレイジングチャンネル)、樹脂サッシの内窓など、建築資材を手がけるものづくり企業です。そんな工業メーカーの工場の一角にある蒸溜所があります。閑静な住宅街の中、突如現れるガラス張りのスタイリッシュな外観に思わず目を奪われます。ここが、東京発のスタンダードジン「トーキョーハチオウジジン」を生み出す「東京八王子蒸溜所」です。

工業メーカーとクラフトジン。一見かけ離れたもののようですが、その出会いから製造、販売に至るまでの経緯、そしてなぜスタンダードジンなのかを、両社の代表を務める中澤 眞太郎(なかざわ しんたろう)さんに伺いました。

「東京八王子蒸溜所」の代表であり「大信工業株式会社」の代表取締役社長も務める中澤 眞太郎さん

中澤さんとジンとの衝撃的な出会いは、「大信工業株式会社」の札幌営業所へ出張した際に訪れた函館のバーでした。そこで感銘を受けたのは「BEL AIR(ベル エール)」というクラフトジン。フランス生まれのそのジンは「飲める香水」と称されるパリの蒸溜所のもので、そのジンを飲んだ時、中澤さんは「お酒を味ではなく香りで楽しむ」という感覚をはじめて体験して衝撃を受けたといいます。

そしてもうひとつ。祖父の代から続くものづくりの会社で、新たな商品の開発を考えていた中澤さんにとって、このジンとの出会いが「次なる挑戦」へのきっかけにもなりました。

中澤さんは、「数あるお酒の中からジンを選んだのは、単に好みだったというわけではなく、製造工程が工業的であることから、工業メーカーでもできる「つくりやすさ」にあった」と語ります。

ワインは農業に近く、ブドウの栽培から始めなければなりませんし、日本酒は発酵や麹づくりなど、杜氏のような熟練の職人技が必要となります。一方で、ジンは「植物由来のアルコール」(ニュートラルスピリッツ)に、「ボタニカル」を加えて香りづけするお酒。微生物を扱わないため、工業的なアプローチが可能なことから、「これなら自分たちでもできる」と確信したそうです。

実際、「東京八王子蒸溜所」では、ヨーロッパからnon-GMO(遺伝子組み換えでない)コーンスピリッツを輸入し、そこに独自のブレンドのボタニカルを加えて蒸溜しています。このような方法であれば小規模な設備でも製品化が可能なのだそうです。

洗練されたデザインの銅製の蒸溜機が輝く蒸溜室。ここから、ボタニカルの香りが織りなす「トーキョーハチオウジジン」が生まれます

目指したのは「長く人に愛されるジン」

中澤さんはジンの製造から販売までを学ぶため、2019年にアメリカ・シカゴの蒸溜所で3日間の研修を受けました。その時すでに「どんなジンをつくりたいか」という構想が頭にあり現地でレシピづくりも進めることができたので、事業もすぐに始められたのだそうです。

この頃巷で人気のクラフトジンは、ご当地ジンのような地域性を出した商品や個性的なボタニカルを使ったものが多く、スタンダードなカクテルにはやや不向きな場合もあります。そこで中澤さんが目指したのは、そういったタイプではなく、カクテルのベースとして使いやすく、王道のロンドン ドライジンから離れすぎない味わいでした。「カクテルを表現するときに、邪魔にならずに奥行きを与え、長く使い続けてもらえるもの」。そんなこだわりがこのジンの「味わい」と「香り」に設計されています。

蒸溜所の建築工事着工から約1年足らずの2022年1月に、トーキョーハチオウジジン 「CLASSIC(クラシック)」と「ELDER FLOWER(エルダーフラワー)」の2種がリリースされ、その年5月には、「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション」の洋酒部門で金賞・銀賞を受賞。その品質と味わいの確かさが証明されました。

伝統的なボタニカルに和柑橘のレモンや甘夏のピールを使用しバランスよくエレガントに仕上げた「CLASSIC」(左)と、基本のレシピにエルダーフラワーの華やかさを強調した「ELDER FLOWER」(中央)。また限定品のスパイスジン(右)もある

現在、従業員は5名。定番の「CLASSIC」の製造は1回420本と小ロットではあるものの、「アイテムを増やすよりは長く愛される定番をコツコツ作り続けたい」と中澤さん。フランスの薬瓶風のボトルに貼られた八角形のラベルは、八王子を意味するとともに、中澤さんの人生にゆかりある数字から着想を得たもの。どこか懐かしさを感じるモダンレトロな雰囲気のパッケージにも、ものづくりの感性がしっかりと息づいています。

感性と発想のハーモニーが生み出す食中酒としての「東京発のドライジン」

「ジンの香りの調合は、調香師の仕事と似ています」と中澤さん。中澤さんの嗅覚と感性で生み出される香りのブレンドは、ボタニカル同士が響き合い、重なり合うことで、複雑さと奥深さを生み出します。その様子はまるでオーケストラのよう。工業的な製造でありながら人の手と感性が欠かせません。


実は中澤さんにはもう一つの顔があります。それが、トロンボーン奏者としての音楽家の顔です。ハーモニー楽器とも称され、温かみのある重厚な響きを生み出すトロンボーン。

オーケストラの中で音の重なりを日々感じている中澤さんだからこそ、「ロンドンドライジン」というスタンダードを大切にしながらも、ボタニカル同士の自然に響き合う香りの重なりを捉え「東京発のドライジン」というスタイルの独自のハーモニーを生み出せるのかもしれません。

また、幼い頃にご両親がさまざまな食材や料理に触れる機会を与えてくれたというエピソードも印象的で、培われた繊細な嗅覚と味覚こそが、その香りのバランスを支えているのではないでしょうか。

自身の感性を頼りに配合したボタニカルを温度センサーなど電子機能のついたタンクでデジタル管理。一瞬一瞬の変化を追いながら一つの香りを造り出す

「クラフトジンの文化は日本でも身近にはなってきていますが、まだまだ発展途上」「若い世代や新しい層の人たちにぜひ手に取ってもらいたい」と語る中澤さんは、日本ならではの「食中酒」という飲み方に注目しています。

ジンのようなスピリッツ(蒸留酒)は、日本酒やワインなどの醸造酒と違って、アルコール度数が高く、ドライな口当たりが特徴です。華やかな香りにもかかわらず飲み口はキリッとしているため、味の補足として少し甘みが欲しくなります。そこでトニックウォーターのほのかな苦味と甘みを加え「ジントニック」として飲まれることが多いですが、それはどちらかといえば「食前酒」向き。またマティーニや、ギムレットなどジンを使ったのショートカクテルで「食後酒」にも向きます。

最近は甘みのない炭酸水で割ったジンソーダやジンハイボールが馴染みになりつつありますが、中澤さんはジンをトニックウォーターとソーダの半々で割る「ジンソニック」という飲み方を提案します。ジンの華やかな香りに深みを与えながらも、すっきりとした後味で食事の邪魔をしない程度の甘さが「食中酒」として向いています。そのためにプレーンな甘さの「トニックウォーター」も自社で製品化しました。

また、「CLASSIC」をベースに、アルコールを下げて食卓のシーンでも口当たりよく飲めるように「TÀBLE(ターブル)」という商品も開発しました。

蒸溜所の2階にはテイスティング専用の「バーカウンター」が併設され、不定期で開催される「蒸溜所ツアー」を開催。その最後にここですべてのアイテムの香りや味を少しずつ試飲することができ、実際のシーンを想定してソーダ割りやトニック割りで味わうことができます。また、ここでは、都心や近隣のバーテンダーと常に交流し、スピリッツカルチャーの普及とスピリッツの新たな味わいとの出会いを求めて研究に取り組んでいます。

「工業メーカーの大信工業株式会社」と「東京八王子蒸溜所のクラフトジン」との意外な関係。

それは、長く使い続けられる製品を生み出し、日本の暮らしの中にそっと寄り添うものづくりのフィロソフィーが共に息づいていました。東京・八王子から発信されるスタンダードスタイルのドライジン「トーキョーハチオウジジン」は、日本の食卓をゆったり楽しみながら、心地よい香りに酔いしれたい日に飲みたい一本です。

これで割ると一度でジンソニックが完成するオリジナルのトニックウォーターも製品化
食卓を意味する「TÀBLE(ターブル)」は350mlと小さめ。ちょっとした手土産にも最適

Instagram :  https://www.instagram.com/hachiojidistillery/

蒸溜所ツアー実施中!
蒸溜所ツアーは不定期開催かつ予約制となります。日程・ご予約は下記URLを参照ください。

https://airrsv.net/hachioji-distillery/calendar

グルメライター 中村あきこ 

グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。

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DATA

施設名 東京八王子蒸溜所
住所東京都八王子市椚田町1213−5
公式サイトhttps://www.hachioji-distillery.jp/

※最新の情報は公式サイトをご確認ください。



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