こんにちは、イマタマグルメ ライターの中村あきこです。美味しい料理には、美味しいお酒が欠かせません。「お酒」は「食」を引き立てるだけでなく、人や地域をつなぐ力も持っています。多摩エリアのお酒造りの現場を紹介するシリーズ第4回は「ワイン」にスポットを当てました。
今、日本各地では小規模ながらも土地に寄り添ったワインづくりが注目されています。外国から輸入した「バルクワイン」や、外国産の濃縮ぶどう果汁を使った大量生産のワインとは異なり、ブドウが育つ土壌や気候などの環境をそのまま写し出す「テロワール」を大切にした日本産ワインは「その土地でしか生まれない味」を持っています。
また、近年は、畑を通じて環境への配慮、地域貢献、社会福祉といった取り組みを行うワイナリーも増えてきました。こうした「土地と人」「人と人」を結ぶ架け橋となるワインづくりは、単にお酒をつくるだけでなく、持続可能な土地の未来をつくる活動そのものではないかと私は思います。
そんな取り組みを実践している場所が、ここ東京・多摩エリアにもあります。今回取材で訪れたのはあきる野市の「ヴィンヤード多摩」です。東京あきる野市産のぶどうを丁寧に育て、土地の個性=テロワールを尊重。環境に配慮したサステナブルな循環型農業や地域福祉にも力を注ぎ、その想いをワインという形で発信されているワイナリーです。

歯科医師から醸造家へ 地域をつなぐための挑戦
2015年に創業したワイナリー「ヴィンヤード多摩」があるのは都心から約1時間半、東京あきる野市上ノ台。秋川と平井川によって形成された南傾斜の、日当たりと水捌けの良いぶどう栽培に適した台地です。JR武蔵五日市線 「武蔵増戸駅」から徒歩約8分という好立地にあり、都心から気軽に電車でも訪れることができる「東京のワイナリー」です。
創業から10年、少しずつ広げていった自社畑は約1.5ha。「ヤマソーヴィニヨン」や「ビジュノワール」「モンドブリエ」「甲州」といった日本で開発されたぶどう品種から、「シラー」や「メルロ」「ピノノワール」「カベルネソーヴィニヨン」といった馴染みのあるヨーロッパ品種など、バラエティー豊かなワイン用のブドウが10種類ほど植えられています。

このワイナリーを立ち上げたのは、現役歯科医師で代表取締役社長の森谷尊文(もりやたかふみ)さんと羽村市で歯科医院を開業していた中野多美子(なかのたみこ)さんです。
創業のきっかけは、ワイン好きの仲間が集まるワイン会で「いつか自分の手でワインを造ってみたい」と語り合っていた夢が、少しずつ現実味を帯びていったこと。さらに、歯科医師のつながりから出会った障がいのある人たちと、定年後も関わり続けられる場所をつくりたいという思いも重なったことにあります。
「それならば自分たちが元気なうちに次の働き場所をつくり、定年後は農業を通じて一緒に働くことができれば」。そんな思いが交わり「ヴィンヤード多摩」を立ち上げたのだそうです。
森谷さんと中野さんは、歯科医師としての確かな腕を持ちながら、同時に熱心なワイン愛好家でもありました。しかし「造る」ことに関してはまったくの未経験。ワインづくりはゼロからのスタートだったといいます。
「ワインづくりがこんなに大変なものということに驚き、一から勉強するのも大変でした」と、今回お話を伺った、ぶどうの栽培と運営全般を担う専務の中野多美子さんは当時を振り返ります。創業1年目は醸造責任者の資格がある方に指導してもらいながら、医院と畑を行き来する体力勝負の日々が続きました。

中野さんは「思い立ったらすぐ行動」というパワフルな女性で、一念発起して、このプロジェクトのために退職! 長野県の「アルカンヴィーニュ」というワイナリーにある醸造家のスクールで一からワイン造りを学ばれたそうです。「栽培が何より楽しい」と語る中野さんと、確かな舌を持ちブレンド技術に優れた醸造担当の森谷さんのふたりでワイン造りに情熱を注ぎ、まさに二人三脚でこの10年を歩んでこられました。
あきる野の味を全国へ「Domaine Tokyo(ドメーヌ東京)」というブランド展開
創業当初0.7haだった畑が今では1.5haに広がり、自社畑からは約4トンのぶどうを収穫し、4000本のワインを生産するまでに成長しました(2025年産)。自社畑のぶどうのみを使用するフラッグシップワイン「東京」シリーズや、自社畑のぶどうと長野県安曇野市産や山梨県北斗市産の契約農家のぶどうで造る「カワセミハーモニー」や「のらぼう」シリーズといったリーズナブルなワインなど、現在は新酒を含め10種類ほどのラインナップを展開しています。畑と醸造所に併設されたショップでは、これらを一杯500円で試飲することができるのでぜひその味を確かめてみてください。

「ヴィンヤード多摩」のぶどう畑が広がるあきる野市上ノ台は、水捌けの良い砂利質の扇状地に位置し「ここは本当にぶどう栽培に適した土地なんです」と中野さんは話します。
栽培方法について伺うと、「ぶどうを病気と害虫から守る為に最低限の薬剤を使っています。また、ぶどうを剪定した枝の灰や牛糞堆肥を施して、土を耕し、少量の化学肥料を施して、なるべく自然に負担をかけない方法を選んでいます」と説明してくださいました。
とはいえ、10年目の今もワインづくりは苦労が多いと中野さんは話ます。近年の気候変動はその大きな要因だそうです。特に今年の夏は厳しく、降水量不足で実が干しぶどうのように縮んでしまったり、夜になっても気温が下がらず、樹が弱らないよう換水作業が欠かせなかったそう。これまで順調に育っていたぶどう品種が思いがけず不作に陥り、植え替えを余儀なくされたケースもあったといいます。

それでも状況に応じて工夫を重ね、例えば、房を雨や直射日光から守る「傘がけ」に使う袋を、蝋引きの紙ではなく通気性の良いクラフト紙に変更したり、樹全体の風通しが良くなるよう仕立て方そのものを見直したりと、日々研究と改善を続けています。
こうした取り組みを10年積み重ねてきたことで、この土地に合った栽培の知識が蓄積され、今では気候や地形に適した生命力の強い品種や、収穫時期の早い品種を選んで植えるなど、安定した味とクオリティーを提供できるワイナリーへと成長されました。

環境に配慮した取り組みに積極的なこのワイナリーでは、「畑から出るものは一切無駄にしない」という「循環型農業」を実現しています。剪定枝や落葉は肥料として畑に戻し、醸造で出る絞りかすは、幻のブランド牛とも言われる「東京和牛」を育てる唯一の生産者『竹内牧場(東京和牛株式会社)』へ飼料として提供されます。そしてその牛から生まれる完熟堆肥は再び畑の肥料となり土に還ります。
このように畑を持続可能なものにし、消費者が安心して愉しむことができる美味しい「東京あきる野産のワイン」を届けるために積極的に取り組む中野さんたちは、今後新たに増やす予定の畑では完全有機栽培を目指し、いずれは無農薬畑でナチュールワインを造りたいとも話します。まだ実験段階ながら「自然に寄り添ったワインづくりを」と、さまざまな試みを重ねています。

地域の活性化 畑と人を繋ぐワイン
「ワイン」を通じて地域とのつながりを育む「ヴィンヤード多摩」では、収穫体験や、剪定枝を使ったアウトドアイベント、ワインソルト作りなど、年間を通してイベントやワークショップなどを積極的に開催。都心などからも多くの参加者が集まります。(詳しくはヴィンヤード多摩のホームページブログをご覧ください)
中でも毎年11月に開催される「新酒祭り」では、フレッシュな出来立てワインで乾杯し、地元の美味しいフードと生演奏の音楽が楽しめ、地域の方はもちろんですが「ヴィンヤード多摩」のファンが多く集う人気のイベントとなっています。
地域の福祉法人とも連携し、ワイン栽培を手伝ってもらったり、2025年からは、秋川や東京サマーランドを望む別の場所に「農福連携」の新たな農地を確保。「青パパイヤ」通じた農業体験や収穫イベントを行い、半年ほどで立派な実をつけるパパイヤ1本が自分のものになるという「農業」と「福祉」を結ぶプロジェクトも新たに開始しました。

東京都は思えないロケーション。ワインが生まれる土地を訪ねる小旅行
中野さんは「この地域の耕作放棄をなくしたい」と話します。「3~4年後には今の5倍の20トンくらい収穫したい」と近い未来への挑戦へも力を込めます。また、「この上ノ台の台地はせっかくのぶどう栽培に適した土地なので、私たちだけでなく、ぶどう狩りができるような観光農園をやってくれるような人たちも現れたら嬉しいですね」とも語ってくれました。
台地がぶどう畑になり、ワイナリーが誕生し、その魅力が発信されていくことで、造り手と地域やファンといった人々の交流が生まれます。そのつながりが地域を活性化させ、やがて「観光」が生まれます。
こうした流れをアグリカルチャー(農業)とツーリズム(旅行)を組み合わせた言葉で「アグリツーリズム」(農村や農業の現場を訪れて、農作業や地元の食文化を体験する観光活動)といいます。すでに「ヴィンヤード多摩」ではその取り組みが自然と育っているように感じました。
気候風土に根ざしたワイン。大地に広がるぶどう畑。ゆったりとした時間が流れ、造り手とつながる特別なひとときを体験しに、あなたも「東京のワイナリー」へ、ちょっぴり足を伸ばしてみませんか。
★

グルメライター 中村あきこ
グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。
| 施設名 | 株式会社ヴィンヤード多摩 ワイナリー併設直営店 |
|---|---|
| 住所 | 〒190-0143 東京都あきる野市上ノ台55 |
| TEL | 042-533-2866 |
| 営業時間 | 13時〜17時(土日祝 : 11時〜17時) |
| 定休日 | 火曜 |
| 公式サイト | https://vineyardtama.com/ |
※最新の情報は公式サイトをご確認ください。