多摩エリアの食を綴る「イマタマグルメ」ライターの中村あきこです。日本の国酒である日本酒。中でもその土地を表現する「地酒」は、地域の風土や食文化、人々の営みとともに、その歴史を歩んできました。ここ多摩地域にも、200年以上の歴史を刻んできた酒蔵が造る「東京の地酒」があります。
それが福生市にある「田村酒造場」の代表銘柄「嘉泉(かせん)」です。都心から電車でわずか1時間ほどの距離にもかかわらず、多摩川の清流にほど近い豊かな自然に囲まれた酒蔵です。敷地内に湧き出る地下水を仕込み水に使い、江戸時代から酒造りを続けてきました。
今年で204年を迎える「田村酒造場」は、今なお「これで満足」という終わりはなく、常に前に進み続けています。『丁寧に造って、丁寧に売る』という受け継がれてきた家訓に加え、新たに掲げたのが『丁寧に伝える』というコンセプト。その思いから、2026年7月に酒蔵の目の前に新施設「&KASEN(アンドカセン)」をオープンさせました。
ここは日本酒の奥深さや楽しみ方を、さまざまな「体験」から知ることができます。ガイド付きの見学ツアーでは酒造りの現場を間近に見ることができます。さらに見学の後は併設のレストランやSAKEバーで、さまざまなタイプの日本酒と食のペアリングを愉しむことができます。
気の利いたおつまみやスイーツ、カクテル、さらには調味料や酒器まで。それらとお酒をペアリングすることで、もっと自由でもっと自分スタイルの日本酒の愉しみ方ができるのです。日本酒が好きな人はもちろん、これから日本酒を知りたい人も、「ペアリング」という体験を通してその扉を開くことができる場所。それが「&KASEN」です。
今回は施設内のレストランでいただける、「&KASEN」オリジナルのコース料理と田村酒造場のお酒の「ペアリング」を楽しみながら、この場所に込められた蔵元の思いをご紹介いたします。

204年の酒蔵と、今をつなぐ場所「&KASEN」
JR青梅線福生駅から徒歩約10分ほどの場所にある「&KASEN」は今年で204年を迎える田村酒造場の酒蔵の真向かいに位置します。モダンでスタイリッシュな外観は、江戸時代から続く歴史ある酒蔵とは対照的。けれど、この二つの場所を行き来すると、まるでここに流れる時間そのものを行き来しているかのように感じます。
東京多摩地域の森林で育った「多摩産材」を屋根の庇や壁などの建築材に取り入れた木の温もりを感じる「&KASEN」。館内には「田村酒造場」の全ブランドが並ぶショップと、酒蔵の景色を眺めながらお酒をいただけるバー。そして、その奥にはレストランが併設されています。

レストランは、美しい庭園を一望できる、ガラス張りのダイニング全30席と、最大10名まで利用できる個室が1室。多摩川の流れをモチーフにしたモダンな庭園は、緑の空間演出・プロデュースを手がける「緑演舎」によるもの。150m先に流れる多摩川に向かって広がる庭が、その先にある空や山に溶け込むように設計されています。
ゆったりとした気分でその景色を眺めていると、ここが東京であること忘れてしまい、すっかり旅気分に。この景色を眺めながら食事ができるレストランは要予約。コースのみの提供となっています。ランチコースは5品5,500円、ディナーコースは8品11,000円。
今回は、ディナーの魅力を凝縮したランチコースと、料理に合わせて「田村酒造場」の4銘柄が楽しめるペアリングコース(1,800円)をご紹介します。ドリンクは、ディナーコースの品数に合わせた7銘柄のペアリングコース(2,500円)もあり、各銘柄も1合〜という縛りではなく30ml、60ml、90mlと好みの量でオーダーすることができます。その他、ノンアルコールカクテル、ソフトドリンクが用意されています。
まずは一杯。五感で楽しむ日本酒カクテル
「こちらは蔵元からのご挨拶がわりの一杯です」と、薄張りの小ぶりなワイングラスで提供されたのは「東京和醸ソニック」という名のカクテル。薄いグラスと氷の触れ合う音が心地よく聞こえ、なんとも涼しげな印象です。
アルコール度数15度の特別純米酒「東京和醸」を、ソーダとトニックウォーターで割ったカクテルで、日本酒そのものの繊細で優しい味わいと、炭酸のすっきりとした飲み心地。渇いた喉にすーっと馴染んでいく爽やかな食前酒です。
ビールやスパークリングワインではなく酒蔵だからこその食前酒の演出に、「日本酒はそのまま飲むもの」という固定観念を取り除き、こんな頂き方もあるのだと、新しい日本酒の楽しみ方を知った瞬間でした。

この一杯と合わせていただくのは、「&KASEN のパリソワーズ」。一見すると、伝統的なフランス料理のじゃがいもの冷製ポタージュに、牛脛肉のコンソメジュレをのせた「パリソワーズ」を思わせる一皿ですが、ここ「&KASEN」ではコンソメの代わりに、この蔵の仕込み水である「嘉き水」を使った塩味のあるお出汁のジュレを合わせています。
ジュレの上にはキャビアに見立てたとんぶりを添え、ボリジや紫蘇、ナスタチウムといったマイクロハーブが彩りと香り、食感をプラス。日本酒カクテルにぴったりなモダンな創作和食。遊び心あふれる一皿です。日本酒との新しい出会いをナビゲートする、ここならではのお料理は、まだまだ続きます。

二杯目に登場したお酒は、低アルコールの日本酒「&KASEN やわくち」。日本酒は、発酵を終えた原酒に割り水をしてアルコール度数を調整するのが一般的ですが、この「&KASEN やわくち」は、醸造の段階から低アルコールに仕上げながらも、本来の味わいをきちんと成立させることを目指した新感覚の日本酒です。
乳酸飲料のような爽やかな香りとまろやかな風味が特徴。アルコール控えめなので飲みやすく、食事にそっと寄り添うような優しさがあります。「やわくち」は生産数の少ない限定酒。「&KASEN」のバーとレストランで味わうことができます(販売は2026年9月時点で抽選販売のみ)。
このお酒と合わせるのは、海老のすり身を食パンで巻いてカリッっと揚げた「ハトシ」。一口いただくと、「やわくち」のまろやかな味わいに海老の旨みが重なり、口の中で滑らかに広がります。さらに「ハトシ」には酒粕ペーストが薄く塗られています。醸造の副産物の酒粕が料理に取り入れられるのも酒蔵ならではのメニューです。
醤油より歴史の古い調味料「煎り酒」をペアリング
ハトシに添えられたサラダを一口いただき、爽やかな酸味と塩味が絶妙で新感覚。どんな材料を使っているのか尋ねてみると、「煎り酒」(いりざけ)を使ったドレッシングとのこと。ところでみなさんは「煎り酒」という調味料をご存知でしょうか?
「煎り酒」とは、日本酒に梅干しや昆布、鰹節などを加えて煮詰めて作る、古くから伝わる日本の調味料で、醤油のように使われてきました。しかし、安価な醤油の普及により、だんだんその存在は忘れられていってしまいました。しかしながら、梅の酸味や出汁の旨みを含んだこの奥深い味わいは、まさに「いい塩梅」という言葉を思わせるような、素材を引き立てる味わいです。
「&KASEN」ではさまざまな料理の調味料として、用途に応じた手作りの「煎り酒」を使うそうで、ディナーコースの鮮魚の刺身には醤油の代わりとして、「嘉泉の煎り酒」が添えられます。お酒を飲まない方でも楽しめる、日本酒と食の「ペアリング」がここで体験できます。


続いて運ばれてきたのは、旬魚を使ったアクアパッツァ。この日の魚は真鯛。ドライトマトとともに、仕込み水「嘉き水」と酒「嘉泉」で仕上げた一皿です。本来は魚介の旨みを含んだ煮汁とオリーブオイルを乳化させて仕上げるアクアパッツアですが、「&KASEN」ではあえて乳化させず、合わせるお酒のタイプに合わせて、澄んだ上品なスープに仕上げていました。
そこに合わせるのが、フルーティーな香りとお米の甘みをじんわりと感じるエレガントな「純米吟醸 嘉泉」。ここでもまた、その繊細な香りと味わい、滑らかな舌触りを引き出す影の立役者に、厳選されたグラスを使用。色、香り、味わい。五感を働かせながら、まるでワインのように日本酒を楽しみます。

嘉泉本来の味わいを知った後は、次なる楽しい飲み方をナビゲートしてもらいました。「嘉泉を口に含みながら、アクアパッツアのスープ召し上がってください」とスタッフの言葉に従い、お酒を一口、そしてスープをいただいてみました。すると、まるでおでん屋さんの「出汁割り」のような旨味たっぷりで親しみやすい味わいに変化します。
嘉泉本来の美味しさだけで終わらない、嘉泉と料理が重なり合う奥行きのある美味しさで、互いの良さを引き立てる。これが「&KASEN」が提案する「ペアリング」の醍醐味なのです。コースの最後は芳醇ながらもキレのある甘さが心地よい「&KASEN 貴醸酒」と、デザートのぺアリングを堪能し、お腹も心も大満足でした。
*取材は2026年8月のもの。レストランのメニューは季節によって変わります。


十六代目蔵元が語る。日本酒の価値を『&KASEN』で丁寧に伝えるこれからの100年
204年の歴史を受け継ぐ酒蔵が、現在ここに存在しているということは、決して容易なことではありません。しかし、「田村酒造場」は歴史を守るだけでなく、時代に合わせて常にアップデートを重ね、更なる進化を遂げています。
「国内の日本酒の消費量が減少し、お酒の飲み方が多様化していく中で、これから先も日本酒を造り続けていくことに危機感を抱きました。また同時に、作り手が飲み手に、日本酒の良さを伝えきれていないとも感じていました」。そう話すのは、「田村酒造場」十六代目の蔵元、田村 半十郎(たむら はんじゅうろう)さんです。

これまでも田村さんは、酒造りを未来へつなぐために、さまざまな改革を行ってきました。田村酒造場では、かつて季節蔵人(きせつくらびと)中心の酒造りを行っていました。しかし、杜氏(とうじ)の高齢化や、技術を次の世代にどう受け継いでいくかという課題を抱え、30年ほど前から、設備や働く環境などの見直しを行ってきました。
地元の社員蔵人を徐々に増やし、ベテランの蔵人が培ってきた技術を、社員から社員へと受け継いでいく仕組みに変更。そうして時代に合わせて酒造りの環境を変えながら、蔵の技術と伝統を守ってきたのです。
さらに200年以上もの間、家訓として受け継がれてきた「丁寧に造り、丁寧に売る」という姿勢に加え、「丁寧に伝える」という言葉を加えました。そのために造り手が飲み手に直接、日本酒の魅力や、酒造りの物語を伝える場所が必要でした。それが「&KASEN」だったのです。

「酒蔵を訪れ、食事をして、お酒を味わい、そしてこの場所の景色に身を委ねてみて欲しい。体験をして欲しい。『&KASEN』を入り口に日本酒をもっと自由に楽しんでほしい」と田村さんは話します。
田村さんが話す「自由」とは、「日本酒は和食に合わせるもの」だとか「お猪口で飲むもの」、「日本酒をソーダで割るなんてもってのほか」といったこれまでの固定観念を取り払うこと。日本酒カクテルや、低アルコール酒など飲み方は自由、料理やスイーツ、調味料、さらには酒器まで日本酒との組み合わせも自由ということです。

その提案が『&KASEN』で行われ、日本酒の自由な楽しみ方と、その先にある日本酒の未来を思わせる感動が、すでに訪れた人たちから生まれはじめています。
お酒と料理という出会いにとどまらず、料理に合わせて日本酒を提供するペアリング、お酒のタイプに合わせて選ぶ酒器、カクテル、料理、調味料、スイーツまで。さまざまな出会いを提案しています。それらを入口に、日本酒の新たな可能性や楽しさ、日本食文化の豊かさを知ることができるのです。
私は今回の取材を通してあらためて、「日本酒にこんな自由な楽しみ方があるのだ」と知り、特に酒器とのペアリングについては、タイプ別に試してみたいと次なる好奇心が湧きました。
酒蔵を訪ねて、景色を眺め、非日常的な空間でここでしか味わえない料理とお酒を愉しむ。そんな小旅行が、都心からわずか1時間足らずの距離で楽しめます。
「日本酒はちょっと難しそう」「よくわからない」と思っている方も、まずはカクテルやスイーツなどから試してみるのはいかがでしょうか。どれからはじめても良い、自分だけの「日本酒との出会い」を見つけに、ここ「&KASEN」へお出かけしてみませんか。


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グルメライター 中村あきこ
グルメライター/日本とフランスの料理学校でフランス料理を学び、帰国後、都内フレンチレストランでサーヴィスに従事。マネージャーやウエディングプランナーを経験。また、料理とワインのマリアージュの素晴らしさに心が奪われた事をきっかけに、JSA認定ソムリエ、シニアソムリエを取得。お店に立つ側と食べる側、両方の視点から感じたものを、素直な言葉で綴り、そのホスピタリティを伝えている。現在は知人の店でヘルプシェフとしてキッチンに立つことも。二児の母。長男の育児中の食の悩みから、幼児食インストラクターを取得。親子で楽しく囲める食卓も日々研究中。
| 施設名 | &KASEN |
|---|---|
| 住所 | 東京都福生市福生609(田村酒造場 敷地内) |
| TEL | 042-551-0003(レストラン、バーは下記) |
| 営業時間 | ショップ/花見10時30分〜17時30分 レストラン・ランチ/11時30分〜15時 ディナー/17時〜22時 バー/11時30分〜22時 |
| 定休日 | 不定休 HP・Instagramをご確認ください |
| 公式サイト | https://www.tamurashuzojo.com/page/and-kasen |
| 備考 | レストラン・バー/042-513-7125 ショップ/042-513-7125 *蔵見学・レストランは要予約 |
※最新の情報は公式サイトをご確認ください。